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私財を投じて福祉活動に身を投じた女優宮城まり子さんの訃報

JUGEMテーマ:芸能

 

女優の宮城まり子さん(93歳)が2020321日に亡くなった。

「宮城まり子さん」・・・おそらくこの名前にピンとくるのは、現在、アラフィフ以降の世代でしょう。

 

一般的に宮城まり子さんの肩書は、「歌手」、「女優」、「映画監督」、「福祉事業家」として記載されていることが多いですが、私には、リアルタイムで「歌手宮城まり子」は知りません。

「女優宮城まり子」としても、いわゆる商業作品としての映画やテレビドラマでの女優のイメージは殆どなく、宮城さんが自らが監督として制作した記録映画(ねむの木の詩)を小学生の時に在籍していた船橋市立薬円台小学校か、その頃住んでいた公務員住宅の今でいう「ママ友」の間で流行っていた「おやこ劇場」(上映場所は、たぶん千葉市民会館か千葉文化会館)で見た印象が強いです。

 

私の中で強烈な印象として残っているのは「まんが世界昔ばなし」の声優としての宮城まり子さんです。

「まんが世界昔ばなし」は、TBS系列で1976107日から1979328日まで放送されていました。

ちなみに、「市原悦子、常田富士夫」コンビの「にっぽん昔ばなし」も同時期にTBSJNN)系列で放送されていました。

小学生当時、私は、両親から「テレビはNHKしか見てはいけない」という原則の約束事があり、例外が許されたのは、「大晦日に放送されていたレコード大賞(TBS)」と「世界昔ばなし」と「にっぽん昔ばなし」のみでした。

そのような事情もあって、もしかしたら、同世代の中では宮城まり子さんに対する印象は強く、「私財を投じて肢体不自由児の社会福祉施設を運営した凄い方(偉人)」として認識しています。

 

2020323日付の毎日新聞やWikipediaによれば、宮城さんは、

・日本で初めての肢体不自由児の養護施設「ねむの木学園」(1968年設立)を運営してきた方

・東京都出身で、1955年に「ガード下の靴みがき」で歌手デビュー

・ミュージカル女優などとしても活躍

・テレビドラマ「てんてん娘」や映画「オンボロ人生」で地位を築いた

NHK紅白歌合戦に合計8回出場

・ねむの木学園を設立した1968年からタレント活動は事実上引退状態

1973年に吉川英治文化賞受賞

1974年に記録映画『ねむの木の詩』を監督し、第6回国際赤十字映画祭で銀メダルを受賞

・身体障害者の社会参加を訴え、これらが評価され、1979年に総理大臣表彰

20073月に日本経済新聞『私の履歴書』に自伝を執筆

20111月に自宅で転倒し腰椎を骨折して入院

2012年、瑞宝小綬章を受章

という人生です。

つまり、芸能活動を通じて得た資産を40代以降は福祉活動に注ぎ込んだ一生だったわけです。

おそらく、今後、親交のあった黒柳徹子さんの番組「徹子の部屋」では、追悼番組かシーンが流れるのではないでしょうか。

 

宮城まり子さんの訃報を受け、YouTubeで、紅白で歌った「ガード下の靴みがき」と「ドレミの歌」を聞いてみました。

人懐っこい人を引き付ける声質と想像以上のパワフルボイスでした。

宮城さんのご冥福をお祈りしたいと思います。

 

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author:有賀正彦, category:スポーツ・芸能に関する話, 08:06
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