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日常的に記憶や感覚は必要がなくなるとどんどん更新される

JUGEMテーマ:日記・一般

 

先日、近所を散歩していたら、大きな空き地が(私にとって)忽然と目の前に現れました。

一瞬、「何があったところだっけ?」と思いましたが、この場合は、すぐに思い出せて「キリンビール園があったところだ」と分かりました。

取り壊している最中も、見ていたはずですが、建物が完全になくなってから気づきました。

 

街の中心部を歩いていると、クレーンなどたくさんの重機が空き地に入って、商業ビルを建設していました。

こちらの場所は、自力では思い出せず、知人やネットに頼ってしまいました。

日常的に見ているはずの建物でも、無くなって空き地になっていたり、再開発途中で新しい建物の建設中は「いつもと違う」と気づきますが、「昔からそこにあったように」建物がすでに鎮座していると、不思議なことに、「前は何だっけ?」とすぐには思い出せません。

 

話題はすっかり変わりますが、朝ドラも、時計代わりに、日々、楽しみに視聴していた番組が終わり、新しい朝ドラになって2ヶ月もすると、ひとつ前の作品はまだ思い出せても、2つ前(1年前)、3つ前(1年半前)ともなると、瞬時にはでてきません。

 

同じような「昔はどうだったんだっけ?」の感覚として、パッと思いつくものに、

・百科事典

・ウォシュレット

・携帯やスマホ

もそうです。

 

今の時代は、テレビや雑誌を見ていて、名前のわからないタレントさん、経済用語、話題の政治家の経歴、・・・など「気になること」があると、スマホを取り出して、うまく検索ワードをいれれば、時間にして、23分で知りたいことがわかります。

スマホ・・・いや、ネット検索というシステムがなかった時代は、どうやってこうした疑問を解消していたんだろう??と考えると、旬のタレントさん以外の情報は「百科事典」が頼りの綱でした。

私の場合は、小学生のころから「プロ野球選手」と「タレントさんの経歴」になぜだか関心が深かったので、プロ野球選手は野球場に行くと「選手名鑑」がありましたが、タレントについては、中学の時に「テレビタレント事典」なるものを八重洲ブックセンターでみつけ、それ以来、毎年改訂版が出るたびに購入していました。

しかし、いまなら、ネットで検索すれば一瞬で調べられます。

 

ウォシュレットも、これだけ世の中に普及したのは、まだ、そんなに歴史があるわけではないと思いますが、地方のビジネスホテルに泊まると、まれにウォシュレットなしのトイレがあります。

用を足した後、トイレットペーパーで拭き取っても、なんだか、お尻の清潔感がしっくりきません。

でも、たぶん、10年前なら、外でトイレ(大)を使用したうちに5割以上は、ウォシュレットがなかったと思います。

でも、便利になるとすっかり、昔を忘れてしまいます。

 

外での人との待ち合わせは、いまや、「昔はどうしていたんだろう??」と本当に感心します。

携帯電話が普及していない時代は、駅に手書きの「掲示板」がありましたが、いまや、「掲示板」といえば、ネット上のものになっています。

 

人間の記憶とは、もちろん、しっかり一生脳裏に強く刻まれる知識や経験もありますが、日常的なことは、自分との関りが薄くなり、役割を終えると、古い記憶やその時の感覚は、「あまり必要ないもの」として記憶から消えて行ってしまうのでしょうね。

(※ 自分を変える“気づき”ロジカル・シンキングのススメ メルマガ673号より)

 

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author:有賀正彦, category:一般コラム, 07:39
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