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1974年のロッテオリオンズ日本一がプロ野球ファンになった原点

JUGEMテーマ:スポーツ

 

2019106日に、プロ野球で前人未到の400勝を達成した金田正一さん(86)が敗血症のために亡くなった。

夜、大河ドラマを見終わって、そのままNHKをみていたら突然テロップが流れて、驚きました。

最近は、テレビでは、TBS系の関口宏のサンデーモーニングに年1回は最低出演されていて、元気に「かねやん節」を披露していたので、亡くなったのがにわかに信じられなかったのです。

 

金田さんは、1969年に現役を引退しているので、私自身はリアルタイムでの金田投手を知りません。

野球人の金田さんとして一番私の中で古い記憶は、1974年にロッテオリオンズ(当時)が巨人軍の10連覇を阻止してリーグ優勝した中日ドラゴンズを日本シリーズで破って日本一になった時です。

当時、私は小学校1年生で、プロ野球に興味を持った年だったので、それまで万年Bクラスと言われていたロッテを日本一に輝かせた手腕は子供心にまぶしく、この年以降、現在まで私はロッテファンを貫いています。

ちなみに、この年に、ミスタージャイアンツこと長嶋茂雄氏が「我が巨人軍は永久に不滅です」の名文句を残して現役引退していますが、私の中では、ロッテが日本一に輝き、金田監督が胴上げされているシーンの方が記憶が鮮明です。

 

金田投手は、現役時代は、創設まもない国鉄スワローズ(現在のヤクルト)に入団し、晩年期は巨人に移籍して400勝を達成しました。

月並ですが、もし、入団していた球団が弱小スワローズではなく、巨人だったら、間違いなく500勝を達成していたでしょう。

また、投手としての球種は、ストレートとカーブの2種類のみだったといわれています。

カーブに関しては、フォークやドロップ、カットボールのような球種もあり、5種類あったそうですが、いずれにせよ、縦の変化が中心の球種だったようです。

 

監督や評論家としての評価は、割れるので私にはわかりませんが、印象としては、「投手は足腰が命」、「走り込みがプロ野球選手の基本」など自身の経験を基にした下半身強化の重要性や、精神論の側面の指導が強かったのかな、と感じます。

選手として注目されるのは、400勝、完全試合含むノーヒットノーラン3回、4490奪三振という投手としての輝かしい成績以外に、打者としても通算38本のホームランを放っていることです。

 

金田さんの親族では、実弟3人がプロ野球入りし、末弟の金田留弘投手は、東映、ロッテ、広島などで活躍し、ロッテが日本一になった1974年には最多勝に輝いています。(通算勝利数は128勝)

また、甥の金石昭人投手は、広島、日本ハム、巨人で活躍し、通算72勝をあげています。

 

誰もがいつかは、寿命を迎えるので、生物としての摂理として仕方がないですが、昭和の大スターの逝去は寂しいものです。

豪快奔放な金田節がもう聞けないのは、残念ですが、サンデーモーニングでの盟友、張本勲氏は、自習の放送でなんとコメントするのかな、と思います。

 

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author:有賀正彦, category:スポーツ・芸能に関する話, 06:22
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