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東電の旧経営陣に対する判決と国民感情が反映されるべき裁判とは

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2019919日に、東京電力の旧経営陣の3人に無罪判決がでました。

このニュースは、各メディア、報道番組が詳しく伝えていますので、詳細は割愛しますが、個人的には、

・やはり無罪になったか

・じゃあ、こうした事故は誰も責任を取らなくていいのか

・責任を取る人がいないのなら、原発は今後廃止にするべきだ

と率直に感じました。

 

それにしても、東京電力福島第1原発事故から8年半余り。

この事故によって、生活、いや、人生が一変した人たちにとっては、複雑で無念の想いしかないでしょう。

被災者にインタビューしているニュースをみると、、

「自然災害だからどうしようもない。ただ、爆発は余計だった」

「事故は許せない。それでも、個人を責める気にはなれない」

と語る人がいたり、

「無罪とは思わなかった。あれだけの事故が起きたのにトップに責任がないなんて」

と語る人もいて、今回の判決に対する賛否はそれぞれあるようです。

 

私としては、

・自然災害の発生時期を予測し、被害をゼロにすることは無理だろう

・しかし、原発の津波対策の声が上がっていたのに経営陣が理解を示さなかったのはなぜ

・経営陣が下した経営判断に対して起きてしまった結果責任はだれかが負うべき

と思います。

 

経営判断は、組織で決めたことで個人に責任がない、は詭弁だと思う。

一定の責任が経営陣に取れないのなら、少なくとも、今後、原発は稼働させてはいけないと思います。

 

さて、この判決について、検察官役を務める指定弁護士は、どうするのでしょう。

国民感情を考えれば、私は控訴して欲しいと思いますが、控訴しても、現状、旧経営陣を有罪にすることは不可能なのかもしれません。

それにして、死刑か無期懲役かを判断するような裁判より、今回の福島原発事故や古くは福知山線脱線事故、明石花火大会歩道橋事故のようなを事故の裁判こそ、プロの裁判官だけではなく、市民が参加するべき裁判なのではないかと思います。

(※ 自分を変える“気づき”ロジカル・シンキングのススメ メルマガ664号より)

 

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author:有賀正彦, category:ニュースを題材にした話, 05:26
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