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北海道弁“おささった”を考える

JUGEMテーマ:日記・一般

 

私は、出身が関東ですが、北海道で生活する期間が長くなったので、「北海道弁」には、かなり違和感がなくなりました。

 

先日、自動車を運転している時にラジオを聞いていたら、

「“おささった”には、“免責の意味がある”」

「“おささった”を標準語で話そうとすると、説明が長くなる」

「下手をすると、相手から反感を買う」

という話を熱弁しているDJがいました。

 

確かに、結論から言えば、「おささった」には、「自分は悪くない」のニュアンスがあります。

 

例えば、ファミレスで、店員の呼び出しボタンがあります。

友人数人で、資料を広げて打ち合わせをしているとします。

その時に、店員さんが“ご注文ですか?”をふいに訪れたとします。

 

北海道弁なら、

「呼び出しボタンが資料に埋もれておささった」

といえば、店員さんは、苦笑いをしながら戻るでしょう。

 

標準語に直せば、

「呼び出しボタンを押しちゃってた」

となります。

たぶん、訳し方としては、これで間違っていません。

 

しかし、道産子的には、これでは、

「自分が悪かった」

になってしまうのです。

 

気持ちとしては、“おささった”は「自分は悪くない」の意味があるのです。

このケースだと、

・悪いのは呼び出しボタン

・呼び出しボタンが机に固定されているから押しちゃったの

・押した意識がないのにボタンが反応したのはボタンの不備だ

という気持ちなのです。

要は、

「そんなつもりじゃなかったんだけど」

「自分はこうしたつもりなんだけど」

というニュアンスが入っているのが「おささった」なのです。

 

したがって、標準語にすると、

 

「自分ではそんなつもりなかったんだけど、この呼び出しボタンを押しちゃっていた」

 

となります。

 

つまり、「自分ではそんなつもりなかったんだけど」の部分が、会話に増えるわけです。

また、この部分を説明すればするほど、言い訳しているように聞こえて相手に反感を買うかもしれません。

 

「こうしたつもり」を「おささる」というひとことで相手に伝えるという意味においては、とても便利な言葉です。

ラジオで熱弁をふるっていたDJは、「おささった」は便利な言葉だから、全国区の言葉にしよう的なことを主張していました。

 

“おささった”。。。

便利な言葉といえるのか、それとも、俺は悪くない、という甘えの構造の言葉なのか。

(※ 自分を変える“気づき”ロジカル・シンキングのススメ メルマガ655号より)

 

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author:有賀正彦, category:一般コラム, 05:07
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