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ぼっち飯

JUGEMテーマ:日記・一般

 

以前は「おひとりさま飯」は、なんとなく寂しいイメージがありました。

また、飲食店に入っても、

・ひとりだと嫌な顔をされる(座席の関係)

・まわりが「かわいそ」という目で見ている気がする

・鍋料理など「2人前」からのメニューも多くお目当ての料理が食べられないことがある

・・・

といった状況になることが多い気がしました。

 

注文が「2人前から」というものについては、以前なら、食も太かったので、

2人前お願いします」

1人で来たって、ふつうの二人客より注文するからお店にはメリットがあるはずだぞ」

とお店の人にアピールするかのように、じゃんじゃん注文していました。

 

しかし、最近では、そんな豪快な注文をしても、残してしまうので、2人前からでないと注文できないメニューは、その土地の名物料理であっても、泣く泣く諦めることが多くなりました。

ただ、世の中的にも、飲食店の「おひとりさま」は、以前より「市民権」を得ているようで、先日、訪問した鍋料理のお店も、「1人前から大丈夫です」とメニュー表に注意書きが書いてありました。

 

先日、訪問した「博多もつ鍋」のお店も入口の案内に「1人前からできます」とあったので、躊躇せずに入店しました。

実際、お店に入ると出張客や観光客の「おひとりさま」客が感覚的には34割を占めていました。

今の時代、「おひとりさま対応」できないお店は「機会損失」が増えることがデータ的にはっきりしているんでしょうね。

 

話は少し変わりますが、年間、仕事関係で、約150日は出張していますが、それとは別に、プライベートでお出かけしたくなります。

仕事仲間の中には、「週末ぐらいはゆっくりしたい」と仕事以外で外出するのが面倒くさいと感じる人もいます。

ただ、日本人の場合、雑誌で読んだ情報の受け売りですが、「冒険遺伝子」を持つ人が約2割いるそうです。

つまり、「自宅から離れた遠くに行ってみたい」という衝動や願望に駆られ、遠くに出かけることで癒されたり、心の平静が保たれる人は結構いるわけです。(私が冒険遺伝子を持っているかどうかは不明ですが)

 

またまた、話は逸れますが、「一般社団法人ひとりひとり」によると、「ひとり飯」には、

・誰かの好き嫌いに合わせてお店を選ばなくてもよい

・早食いの人、ゆっくりまったり食べたい人など人のペースを気にしなくてよい

・食べる量、好み、お酒を呑む、呑まないといったことにも気にしなくてよい

というメリットがあります。

 

一方、「よくある悩み」として、

・一人なのでどうしても手を抜いてしまう

・一人では入りやすいファーストフードや牛丼屋などばかりに限定されてしまう

・誰かをご飯に誘うのも、あまり頻繁だと気がひける

といったものがあるそうです。

 

私の場合は、上記3点に関しては、あまり該当しません。

行きつけの数店を除き、外食に関しては「できるだけ同じお店に行かない」とか「ファーストフードやチェーン店にはできるだけ行かない」と自分ルールを決めているからだと思います。

 

来週はどんなお店に出会えるんだろう??

そんなことを考えながら、忙しい年度末を乗り切ろうと思います。

(※ 自分を変える“気づき”ロジカル・シンキングのススメ メルマガ623号より)

 

 

 

 

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author:有賀正彦, category:一般コラム, 06:40
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山梨学院大学上田監督の座右の銘

JUGEMテーマ:日記・一般

 

最近は、全く機会がありませんが、自著を出版した当時は、サインを求められることが多かったです。

半分本音、本文冗談で、「私のサインが入ったら、ヤフオクやAmazonの古本として価値が下がりますよ」といいますが、講習会の受講生はもちろん、友人たちにも署名を求められました。

 

知り合いから「読みたい」といわれて、手元にあった本をレターパックで送ったら「サインが入っていないからがっかりした」という連絡をもらったこともありました。

サインするときに困ることは、「日付」「名前」だけでは、なんとなく、体裁が悪いことです。

そこで、四文字熟語や座右の銘を添えることにしました。

 

しかし、これまでの人生で、「座右の銘」と呼べるものがありません。

うーんどうしよう?!と考えた結果、

・以心伝心

・相互浸透

・臨機応変

・求めよさらば与えられん

・為せば成る、為さねば成らぬ何事も

を使用することにしました。

 

話は変わりますが、先日、友人のご尊父様が亡くなった、という連絡がありました。

私は直接お会いしたことはないのですが、以前から体調を崩されていたことを知っていたので、友人にお悔やみのメールをしました。

すると、ご実家に向かう途中の車内で、山梨学院大学陸上競技部監督の上田誠仁氏と席が隣り合わせたそうです。

友人が、実家に帰省する理由を上田監督に話すと、上田監督は色紙を出して書字をしたためてくれたそうです。

 

その話を、山梨学院大学出身の20代の友人に話すと、上田先生には「3つ」の座右の銘があるそうで、場面に合わせて書字にする言葉を使い分けているそうです。

3つの座右の銘は、

 

・疾風に勁草を知る

・何も咲かない寒い日は下へ下へと根を伸ばせ。やがて大きな花が咲く

・おごるなよ 月の丸さも ただ一度

 

だそうです。

 

ちなみに、

「疾風・・・」は、疾風に勁草を知るとは、困難や試練に直面したときに、はじめてその人の意思の強さや節操の堅固さ、人間としての値打ちがわかることのたとえ

「何も咲かない・・・」は、元三洋電機副社長後藤清一氏の言葉ですが、シドニー五輪で金メダルを獲得した高橋尚子さんの座右の銘としても有名です。

 

「おごるなよ・・・」は、禅僧で画家の仙崖義梵がうたったもの

 

です。それぞれが、有名ですが、「何も咲かない・・・」について調べてみると、高橋尚子さんが広めたこの言葉ですが、盒兇気鵑蓮岐阜商業高等学校時代の恩師である「中沢正仁」先生に言われた言葉です。

では、中沢先生は、誰から言われたのかといえば、なんと上田先生なのです。

(中沢先生は、山梨学院大時代の第63回、64回箱根駅伝で6区を走っています)

上田先生の教えは、金メダルへとつながっていたのです。

 

それにしても、新宿から山梨へ向かう特急は30分に1本の間隔で走っています。

たまたま友人は上田先生の隣に座ったわけですが、他人事ながら、すごいご縁を感じる話だなぁ、と思います。

(※ 自分を変える“気づき”ロジカル・シンキングのススメ メルマガ634号より)

 

 

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author:有賀正彦, category:一般コラム, 05:27
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JR成田線の遅れの要因は成田エキスプレスだ!

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JRの電車は、常に遅れている印象があります。

実際に、JRの遅れを調査している統計データでは、かなりの確率で私鉄よりも遅れているらしいです。

 

一般的な、JRの遅れの理由は、

(駅や車内放送での印象)

 

 ◆人身事故

 ◆線路内に人が立ち入った。

 ◆信号機故障

◆車両故障

 ◆混雑のため

急病人発生

・・・

です。

 

ただ、実際のところは、言い換え的理由もあるようで、例えば、「線路に人が立ち入った」は、「痴漢がありました」の隠語であるのでは?という噂もあります。

 

有識者の中には、「JRの設定ダイヤに問題がある」と指摘する人もいます。

つまり、ダイヤ上の乗り換え時間が十分でないから、必然的に遅れる。

そして、複数の路線からまたいだ運転が多く、ひとつの路線が遅れると、関係するすべての路線に影響するという具合です。

 

また、「JRの持つ特有の社内体質」を理由にする人もいます。

JRは、元々は、日本国有鉄道。

つまり、「何かあったら責任を問われる」ということを最大のリスクと捉えます。

要は、「減点が少ないほど良い」というリスク管理の発想です。

一方、私鉄は、「会社利益を減らす」ことが最大のリスクと捉えます。

したがって、「収入や顧客満足度」をどれだけ高めるかの「加点主義」です。

(最近は、私鉄も大企業病、マスメディア、SNS拡散を恐れ、減点主義になっているかも)

 

それにしても、感覚論ですが、昔より、JRは遅れている気がします。

そのため、業務委託先からの旅費規程では、「出張扱い」にならない顧客訪問でも、自腹で前泊しなければ、極めて怖いです。

 

少し前のことですが、成田線に乗っていたら「成田エキスプレスが遅れているので、この列車は、この駅で10分待機します」ということがありました。

この時は、余裕を持って出かけていたので、おとなしく(というか他の代替路線もないのでどうすることもできない)車内で待っていました。

別の日に成田線を利用した時も、同じように「成田エキスプレスが・・・」という遅延がありました。

 

先日、成田空港の国内線を利用する機会があり、成田空港駅を利用しました。

すると、成田エキスプレスの乗車券が帰る専用窓口が、来日された外国人旅行客で長蛇の列になっていました。

注意深く眺めていたわけではありませんが、

・窓口が少ない

・ひとりひとりの処理時間が日本人より相当遅い

・団体客の対応処理に時間が掛かっている

ような感じです。

この風景を見て「成田エキスプレスの遅れの原因は、出発駅での発券遅れか」とわかりました。

 

成田エキスプレスは、成田空港駅を出発した後、成田に停まって、その後、ノンストップで東京駅に向かう列車もあります。(多くの列車は千葉駅に停まる)

そのため、遅れが出ると、線路上にいる普通列車を待たせる運行です。

 

その後、成田空港駅に行くと、ホームにも成田エキスプレスの発券機が設置されていました。

しかし、まだまだ、混雑解消にはなっていないのか、「成田エキスプレスの遅れを理由としたダイヤの遅延」は多く発生しています。

発券窓口が外国人で長蛇の列になる更なる理由を調査して、抜本的な対策を取って欲しいものです。

(※ 自分を変える“気づき”ロジカル・シンキングのススメ メルマガ633号より)

 

 

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author:有賀正彦, category:一般コラム, 11:12
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旅番組が集中する月曜日

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中年以降になって、テレビをよく視聴するようになりました。

 

これまでの人生を振り返ると、幼少期は、親のしつけの一環だったと思いますが、食事中はテレビを見ることが許されませんでしたし、小学校にあがるまでは「8時(20時)までには寝なさい」といわれていたので、当時超人気番組だったドリフターズの「8時だよ全員集合」も見たことがありませんでした。

 

小学校に入っても、視聴が許されたのは、基本的に「NHK」のみでした。

例外は、当時は大晦日に放送されていた「日本レコード大賞」。

そのため、流行歌をテレビで生で見る機会は、殆どなく、小学校の時のクラスで女子が「野口五郎と狩人のどちらが好きか人気投票をします」といわれても「狩人」(大ヒット曲あずさ2号を歌っていた男性デュオ)が誰なのかさっぱりわかりませんでした。

 

その代わり、NHKであれば、中学生まで「12時間までテレビを見ていい」といわれていたので、ニュースや大河ドラマ、NHKスペシャルは、同年代の子供よりはるかに見ていました。

 

その反動が出たのが、大学生時代。

一人暮らしをしていましたので、テレビを購入した大学2年生(1年生の時はラジオしかありませんでした)以降、「テレビを点けっぱなしのながら生活」になりました。

 

社会人になってからは、仕事に没頭した20代、30代があり、この時代に放送されたドラマに関しては情報不足が激しく、当時はやっていた「W浅野」はリアルタイムで見ていません。

 

だた、最近は、旅、お散歩系番組が好きで、よく見ています。

出張先のホテルでも、仕事を優先しないとダメなのに、「旅番組」に逃避している自分がたまにいます。

 

困るのが、「月曜日」です。

月曜日(現在)は、

YOUは何しに日本へ?(テレビ東京系)1855

・帰れマンデー見っけ隊!!(テレビ朝日系)1900

・世界!ニッポン行きたい人応援団(テレビ東京系)2000

・出発!ローカル線 聞きこみ発見旅(BSテレ東系)1855

・キンシオ(テレビ神奈川)23:0023:30

などが放送されています。

 

つまり、旅、お散歩系番組が被りまくりなのです。

特に、テレビ東京とBSテレ東は系列局なのに、「なぜ、視聴者層が被りやすい旅番組を同じ時間帯に放送するの??」と思ってしまいます(笑)

仕方がないので以前は、視聴したい番組が被る時間帯は、いずれかを録画していましたが、結局、録画しても見ないので、「その日のゲストや内容」で視聴を絞っています。

 

それにしても、仕事が忙しく心に余裕がない時は、出張以外のリアルプライベート旅はしづらいです。

のんびり旅ができる身分に早くなりたいものです。

(※ 自分を変える“気づき”ロジカル・シンキングのススメ メルマガ629号より)

 

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author:有賀正彦, category:一般コラム, 05:42
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全国に広がって欲しいホテルの全室禁煙

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先月のある週は、仕事でまるまる1週間、同じホテルに滞在していました。

ホテルの選定は、

・訪問先の近くにある

・そこそこ快適である

・価格的にリーズナブルである

・禁煙室である

・駅に近い

といった点が基準になります。

 

ただ、今回は上記項目の中で満たさない項目がありました。

それは「禁煙室」です。

私は、原則「禁煙室」で予約できないホテルには泊まりません。

しかし、訪問先への便利さや価格を考えると、今回は「しょうがないか」という判断で、泣く泣く予約しました。

ウェブ上は「禁煙室」が無くても「早めにチェックイン」すれば「(禁煙室を)ご用意できます」といわれるケースもあるので期待したのですが、「通しで禁煙室が確保できる」部屋はないといわれ、諦めました。

 

最近の比較的新しい築年数のホテルや古いホテルでもリフォームされたホテルであれば、喫煙室設定でも、消臭がかなり効いていて、殆どタバコ臭が気にならないケースもあります。

しかし、今回は、少々後悔しました。

消臭剤や空気清浄機は用意されていて、空気清浄機は「加湿」設定にして、部屋に滞在している間は、ずっと稼働させていますし、消臭剤も1本使い切るぐらい部屋中に吹き付けしています。

けれども、やはり、臭うんですよね。

 

深夜にトイレに起きたときなどによくわかるのですが、口の中がにちゃにちゃして、唾液がタバコ臭いのです。

おそらく、部屋で仕事をしたり、テレビを見ているときは、徐々に「タバコ臭」になれてしまうのですが、タバコ臭のする空気を寝ているときに呼吸により吸い込み、ふと目が覚めた時は、からだが「タバコ臭拒否反応」をして臭いに敏感になるのかもしれません。

 

話題は少し変わりますが、20181218日付の日本経済新聞によると、「20197月から学校や病院などは全面禁煙」になることを厚生労働省が発表したそうです。

これは、「受動喫煙対策を強化する改正健康増進法」に基づくものですが、対象施設は、

・学校や病院、行政機関が屋内全面禁煙

・薬局や介護施設、整骨院などの施術所、児童福祉施設

などになりますが、「屋外喫煙所を設置すること」は認められるそうです。

 

また、2018126日付の信濃毎日新聞によると、東京五輪パラリンピックに合わせて、長野県内のホテル、旅館の客室を全室禁煙にする動きが広がっているそうです。

それにしても、今週は部屋においてある衣類は臭うし、頭痛はするし。。。

全国的に、この「全室禁煙」の流れが広がってくれることを切に願いたいです。

(※ 自分を変える“気づき”ロジカル・シンキングのススメ メルマガ625号より)

 

 

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author:有賀正彦, category:一般コラム, 07:18
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祝日としては最後になる12月23日

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今日は、今上天皇(平成)さまの85回目の誕生日です。

また、来年の430日に退位されることから、「1223日が祝日としては最後の日」となります。

今上天皇さまの誕生日と退位の日の関係で、2019年は、1948年の祝日法施行以来、はじめて「天皇誕生日がない年」になるそうです。

 

つまり、祝日としての天皇誕生日は、

2018年:1223

2019年:なし

2020年以降:223

となるわけです。

 

ちなみに、明治以降の天皇さまの誕生日は、

明治天皇:113日(文化の日)→祝日となったのは没後15

大正天皇:831日(平日)

昭和天皇:429日(みどりの日(1989年〜2006年)昭和の日(2007年以降))

平成天皇:1223日(平日の予定)

と大正天皇さまと平成天皇さまの誕生日は、退位ともに「平日」となるようです。

 

個人的に「1223日」を振り返ると、1223日が「平日から祝日」になったのは、1989年。私自身は、大学生の時でした。

小学校、中学校、高校生の時の楽しみは、春休み、夏休み、冬休みなど「長期休暇」でした。

しかし、1223日が祝日になったのは、大学生の時でしたので、私の記憶では、関東の公立の小中高の冬休みは、1224日以降だった気がします。

そのため、大学生の時に、1223日が祝日になったことで、小中高の冬休み前の最終登校日が「1222日」という話を聞いて、「冬休みになる日が1日早まっていいなぁ」と感じた記憶があります。

 

また、私が大学生の頃は、「バブル景気全盛」の時代で、1223日が祝日になったことで、それまで「イブイブの日は平日」でしたが、祝日となり「イブイブとイブとクリスマスの日は彼氏(彼女)と旅行に行く」という友達もまわりにたくさんいました。

 

社会人になった後は、会社の忘年会が「1222日に設定される」ケースが多かった気がしました。

その理由として、

12月中旬では会社の忘年会として少し時期が早い

22日開催だと、翌日(1223日)が祝日でお休みになるので深酒しやすい

24日、25日はクリスマスで家族サービスもあり忘年会日程としずらい

というような理由があると思います。

したがって、「22日の深夜はタクシーが捕まえにくい日」でもありました。

 

つまり「1223日が祝日」というのは、公立学校の冬休み開始日、クリスマスイブと絡めたイベント、会社の忘年会・・・など、結構、日程としては「便利な祝日」だった気がします。

 

私の趣味に関しては、「1223日開催のマラソン大会」が全国的に結構あります。

2019年以降は、おそらく、「12月の第4日曜開催」などに日程変更するのではないかと思います。

ちなみに、2020年からの天皇誕生日は、私の誕生日の前日。

年齢的に誕生日を祝うことはあまりなくなりましたが、個人的には、223日は「誕生日の前夜祭の日」と思うことにしたいと思います。

 

 

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author:有賀正彦, category:一般コラム, 10:21
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「足のばシート」あらため「フォワードシート」へ

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国内の飛行機は「JALANA」しか利用しません、という方には、馴染みのない話ですが、スカイマークが提供しているサービスに「足のばシート」があります。

 

「足のばシート」とは、どんなサービス化といえば、

・搭乗口での優先搭乗

・お飲み物などの無料サービス (機内販売メニューの100円の商品から選択)

・お預かり手荷物を優先的に返却

という内容です。(スカイマークのウェブサイトより)

 

価格的には、税込み1000円で、座席位置は「最前列」になります。

機種にもよりますが、最前列は、通常座席幅より、1938儿いので、まさに「足のばシート」です。

個人的には、「足のばシート」という名称を気に入っていましたが、20181028日から「フォワードシート」に名称が変わりました。

 

名称変更の理由は、わかりませんが、「フォワード」は、「前方へ」や「先へ」、「前へ」という意味ですから、まさにその通りなのですが、ラグビーやサッカーでは「攻撃的」、「前衛」といった意味があるので、なんだか、「威力的」な雰囲気がして、「足のば」という、なんとものんびり・ゆったりした雰囲気のサービス名が懐かしく感じます。

 

ちなみに、フォワードシートのデメリットは、「荷物が足元に置けない」ことです。

ただ、以前は、受付が有人カウンターのみで、存在も広く知られていなかったせいか、フォワードシートを利用する人は少なく、座席的には「合計6席」あるのですが、たいていは、「中席」は空席のケースが多く、利用者としては、「前(足が伸ばせる)にも横にも」ゆったりした気分で着席でき、荷物入れも、悠々と利用できる、というメリットもありました。

しかし、最近は、「中席」も埋まるので、「荷物入れ争奪戦」に敗れると、2列目以降の荷物入れに入れなければならなくなるという、若干の悲哀もあります。

 

また、以前は、タブレットの貸し出しをしてくれたので、タブレットに内蔵された映像を見ることもできました。

しかし、今は、アテンダントさんに「タブレットは利用しますか?」と聞かれないし、ウェブサイトのサービス内容にも記載がないので、「タブレッド貸し出しサービス」は「終了してしまった」のかもしれません。

 

話題は、フォワードシートから離れますが、以前のスカイマークは、成田空港や旭川空港、出雲空港などにも便があり、個人的には、非常に便利でした。

仙台空港は復活しましたが、成田や旭川空港も復活して欲しいです。

 

スカイマーク話題からLCC話題に変わりますが、バニラ、ジェットスター、peachなどの機内持ち込みは「7キロ」までとなっています。

LCCの特性として、「LCC標準から外れる部分は別料金をいただきます」というのは、当然だと思いますが、この「7キロ」、大変困ります。

着替えなどにより、荷物が増え、十両超過した場合、「荷物室預かり」となるのは、なんの問題もありません。

しかし、着替えが無くても、「パソコン、仕事の資料、雑誌・本」であっという間に「7キロ」になってしまいます。

仕方がないので、重量を測る際に、雑誌、本、財布などは、できるだけ、上着のポケットなどに入れて重量を軽くしてなんとかクリアしています。

しかし、クリアできなかった場合、荷物室には預け難い性質や形状のものばかりです。

ジェットスターの場合は、プラス料金で「機内10キロまでOK」のサービスがありますが、ビジネスマンにとって、パソコンは必需品で、「7キロ」というのは、もうちょっと何とかならないものかなぁ、と思います。

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author:有賀正彦, category:一般コラム, 05:45
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日本人初のノーベル賞受賞が幻となった山極勝三郎博士

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先日、NHKの歴史秘話ヒストリアで、「湯川秀樹博士よりも先にノーベル賞を受賞したかもしれない日本人」として「山極勝三郎博士」が取り上げられていました。

恥ずかしながら、私は、番組を見るまで存じ上げませんでしたが、医学を学んでいる方なら誰でも知っている「偉人」だそうです。

 

詳細は省きますが、山極勝三郎氏は、現在の長野県上田市の出身で、上田藩士山本政策の三男坊として1863年に生まれます。

廃藩置県で、実家は困窮し、それでも、親は、学だけは身に付けさせたいと、上田の学校に行かせたところ、その優秀さを地元の医師の山極家に見込まれ養子となり、東大医学部に進学します。そして、日本の医学を世界的レベルに押し上げたいと考え、病気の根本原因を研究する病理学を志し、ドイツへ留学します。

 

日本に帰国し、約3000体の遺体を解剖し、「胃癌発生論」を書きました。

当時、胃がんで日本人の10人に1人は亡くなっていたのですが、結核が「不治の病」と言われていた時代背景より、がん研究への関心は、低かったようです。

 

当時、がんの発生メカニズムは、「遺伝素因説」と「刺激説」があったそうです。

◆遺伝素因説:がんの素質を持つ細胞が存在し抑制が効かなくなるとがんになる

◆刺激説:正常な細胞であっても刺激を受け続けるとがんになる

 

山極博士は、多くの解剖事例から、がんの発生メカニズムの大半は「刺激説」だと感じていたのでしょう。

そこで、それを証明するために、「なぜ、がんができるのか?」という発生メカニズムを解明するために、「人工発がん」の実験に取り組んだわけです。

 

人工発がん実験の詳細も、省きますが、「ウサギの耳にコールタールを塗り、乾いたら剥がして刺激を与える」という単調な実験を約8年続けます。

人工発がんの成功は、その後のがん研究の可能性を大きく広げるものでしたが、この研究でノーベル賞を受賞したのは、デンマークのフィビゲル博士でした。

山極博士が選外になった理由は、

・山極博士より先に人工発がんに成功した

・山極博士の方法は、既知の臨床学的事実であり新しい発見ではない

ということのようです。

山極博士の晩年は、がん予防に力を注ぎ、遺言で、自分の遺体も献体として東大医学部に提供したそうです。

 

山極博士の死後に、フィビゲル博士の実験は誤りで、実際にはがんが作りだせていなかったことが判明します。

そして、死後30年を経過した1966年の国際がん会議で、カロリンスカ研究所名誉教授のフォルケ・ヘンシェン博士が「あの時のノーベル賞は日本人とデンマーク人が分け合うべきだった」と発言したとのことです。

 

今の時代であれば、物理、化学、医学・生理学の分野は、新たな発見や新説が唱えられれば、世界中で検証実験がされますから、このような誤りはないでしょう。

それにしても、「人の役に立つ仕事がしたい」という山極博士のモチベーションには、尊敬しかありません。

 

それにしても、「胃がんの原因は暴飲暴食など生活習慣の乱れにある」ということを解明し、予防法を広めることで、長寿国ニッポンの下地を山極博士が作ったことは、間違いないでしょう。

減塩化した食生活、肥満対策、アルコール摂取、喫煙・・・いまでは、健康に気を使う人なら当たり前の習慣ですが、当時は、なかなかすぐには定着しなかったでしょう。

 

がんではありませんが、アルコールの過剰摂取が原因でコラムニストの勝谷誠彦氏が亡くなりました。

私も、以前、健康診断のオプションで食事診断をしてもらったら「塩分接種が高め」と言われ、びっくりしました。

感覚的には「結構、食事には気を付けているつもりなのに、これより(塩分を)減らせって言われたら、食事の楽しみが半減するし、生きてる意味がない」と。

ただ、幼少期、青年期から、こうした健康的な食習慣を身に付けていれば「あたりまえ」になるわけです。

山極博士のがん予防には「刺激の強いものを食べないこと」もありました。

もう、激辛ものを口にするのも、「ごく稀」にしよう、と番組を見て強く思いました、

※現在、38度の高熱がまるまる3日間続いて静養中です。体調不良で、文章にまとまりがありませんがご容赦ください)

 

 

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author:有賀正彦, category:一般コラム, 22:40
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宗教勧誘のチラシ

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出張先に向かう途中で、ある駅に降りると、チラシを配っている60〜70代のおばさまたちがいました。

最近は、できるだけこのようなケースは目を合わせないようにしています。

というのも、目が合ってしまうと、チラシを受け取らざるを得なくなるからです。

 

しかし、この日は、たまたま、その中のひとりのおばさまと目が合ってしまいました。

配っていたチラシは、ある宗教の教えについて書かれたものでした。

 

ホテルについてから、ごみ箱にポイ、をする前にさらっと読みましたが、この数週間前にも別の地域の繁華街で配っているのを受け取ったことがありました。

そして、その時もそうでしたが、チラシには、「連絡先携帯番号」が書いてあるんですよね。

 

男性の場合、「若いモデルさんのような美人さん」が配っていて、携帯番号が記載されていれば、電話してしまうかもしれません(笑)

しかし、今の時代、「このチラシを読んでこの宗教に関心があるので、連絡しました」という人は、まずいないでしょう。(SNSやLINEだったら連絡するかもしれませんが)

 

私は、宗教に対して関心が薄いので、宗教界の事情はよくわかりませんが、想像すると、今の時代は、どんどん各宗教の信者は減少しているのではないかと思います。

そのため、こうして敬虔な信者で、時間を持て余している人を動員して、宣伝活動を各地で展開しているのでしょう。

 

先日テレビ(確か、爆報!THEフライデー)で、シドニー五輪のテコンドー女子67キロ級で銅メダルを獲得した岡本依子氏が「牧師」になった、ということが紹介されていました。

きっと、何かに悩まれた時に、宗教との出会いで自分が変われた経験があるのでしょう。

 

でも多くの日本人は、友達との会話や有名作家のエッセイや小説、あるいは、自分の中で問題を整理して自己解決するといったステップで、悩みと向き合っており、そこに宗教が介在しないのが実情ではないでしょうか。

 

学生時代に、私の住んでいたアパートに、毎週訪問してくるある宗教(この宗教は家族で勧誘するスタイル)の人がいました。

私には、まったく、この宗教が開催する勉強会や礼拝に行くつもりがないのに、約4年間ほど、毎週訪ねてきていました。

この努力のモチベーションは、いったい何なんだろう、とある意味、感心しました。

 

冒頭のおばさまたちが配った「チラシ効果」で、電話をしてきた人って、いるのだろうか??・・・私の予想では「ゼロ」だと思います。

きっとおばさまたちは、宗教本部から「自腹でチラシを購入させられて」配っているのだと思いますが、この意欲の源泉は何なんでしょうね。

(※ 自分を変える“気づき”ロジカル・シンキングのススメ メルマガ618号より)

 

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author:有賀正彦, category:一般コラム, 16:59
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大学恩師の経歴

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私が学生時代に直接指導いただいた研究室の先生は、とっくの昔に定年を迎えています。

というのも、恩師の先生は、私が研究室に入った大学4年の頃は、すでに60歳前後でしたので、私が大学院を修了して10年ぐらいで、特任教授の立場も終了して、名誉教授になられ完全に大学からは離れていました。

 

ただ、隣の研究室の先生や授業を受けた先生の中には、当時、40半ばぐらいの先生方が多くいたので、最近まで、大学を訪問しても、誰かしら、顔見知りの先生がいらっしゃいました。

しかし、その先生方も、徐々に定年を迎え、今では、専門科目の先生は全滅し、教養科目の授業を受けた数人の先生が在籍するのみになってしまい寂しく感じるとともに「こっちも歳をとったなぁ」と感じるこの頃です。

 

直接の恩師の話題に戻りますが、私の先生は、経歴が少し変わっていたので、うろ覚えで私の認識に「事実誤認」もあるかと思いますが、少し紹介させていただこうと思います。

 

その先生は、確か、出身が「山形県」の漁師町(鶴岡市?)でした。

実家が貧しかったため、中学を卒業すると働きに出て、漁船に乗って漁師をしていたそうです。

たぶん、年齢にして、20歳前半だと思いますが、その頃に、漁船がしけに遭い、大量に捕獲した魚を積んだままでは転覆してしまうので、捕獲した魚を捨てて、命からがら漁港に戻った、という経験をされたそうです。

その経験を通じて「漁師は長くやる商売ではない」と強く感じ、勉強を始めたそうです。

 

確か、漁船の船員として必要だった無線の免許に関する資格について猛勉強をして、大学の通信学科卒業の人でもなかなか合格しない難関資格(国家資格の名称を忘れました)に合格したそうです。

当時の国家公務員上級試験は、この国家試験に合格していると同等資格として認められたそうで、先生は、ある中央官庁に技術官として採用されます。

しかし、そこで学歴の壁にぶつかったそうです。

先生は、上級職相当の試験に受かって採用されたものの、学歴的には中卒。

木村拓哉さんが検察官役を演じたドラマ「HERO」で木村拓哉さんが検察官、久利生公平の役を演じましたが、この久利生氏も中卒で司法試験に合格しているので、私の恩師に境遇は似ています。

で、恩師の話によると、学歴差別を受けて、「これは大学を出るしかない」と考えたそうです。

 

大学に入るためには、「高卒認定試験」を突破しなければなりません。

そこで、中学の教科書を引っ張り出して、勉強し直し、そして、東京工業大学に入学します。

私の記憶では、東工大に入学した時点で、年齢は30歳を超えていたそうです。

恩師は、その後、博士課程後期まで東工大で過ごすので、博士号を取得した時点ですでに40歳手前。

40歳過ぎに、国立前橋工業高等専門学校の職に就きます。

そして、数年後(おそらく40代半ば)に、私が卒業した大学の助教授として赴任し、私が恩師に出会った大学1年の頃は50代半ばだった、という経歴だったはずです。

 

確か、恩師は40過ぎに結婚され、娘さんが3人、息子さんが1人いて、私が研究室にいたころは、一番下のお子さんである息子さんがまだ、小学校になったばかりだった気がします。

今考えると、恩師のモチベーションは、

「漁師は長くやる職業ではない」→「安定した職業に就こう」→「国家公務員だ」→「学歴差別に遭いここでは出世できない」→「大学を卒業しよう、そして博士号も取ろう」→「結婚が遅く子供も小さいから頑張ろう」・・・という感じだったのかもしれません。

 

「恩師の研究者としての旬」という意味で捉えると、先生には失礼ですが、私が教えを仰いでいた頃は、すっかり「ぎらぎらした研究者」ではなくなっていたことでした。

私より年齢が7〜8代上の研究室の先輩が大学に遊びに来た時に昔話をお聞きすると「昔は厳しい先生だった」と先輩方は口々におっしゃられたので、少々驚いた記憶があります。

 

当時の先生の年齢に、徐々に近づいている私です。

最近は、気持ちでは「まだまだ、こういう仕事がしたい」というものがあっても、肉体的衰えがあるせいか、「疲れたから明日に回そう」と先送りする自分がいます。

モチベーションをどのように維持し続けるべきか・・・、これからの人生を有意義に過ごすためのポイントだなぁ、とつくづく感じるこの頃です。

(※ 自分を変える“気づき”ロジカル・シンキングのススメ メルマガ617号より)

 

 

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author:有賀正彦, category:一般コラム, 13:58
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